丘の頂をめざしゆく[前編]

23/01/06

「お弁当を買って人生を変えよう」

鳥取大学の生協さんが掲げている、この場所に大学生協がある意味をメッセージとして込めた言葉です。ここを訪れる人の大半は “お弁当を買う” ことを目的に来店されていて、来店数は1日1,000人を超えるそう。毎日これだけ多くの人が利用してくれる場所だから、お弁当を買う、ただそれだけで終わってしまってはもったいない、せっかくだったら色々な出会いのきっかけとなるような場所にしたい、商品や人の可能性を生み出すお店にしたい、そんな想いから今回のリニューアルがスタートしました。

 

-この場所に込めた想いを教えていただけますか。

鳥取大学生協|加納さん:大学の中にある大学生協って、昔で言えば購買とか売店とか学生にとってはそういう位置づけです。でも今回は “全面リニューアル” ということだったので、どうせなら思いっきり変えたい!と思っていました。「必要なものをただ買いに来る場所だけではない」という、私たちにとって壮大なテーマであり壮大な夢です。

だから、今回のリニューアルではもしかすると不可能と思っていたことを可能にできるんじゃないか、長年の想いが叶うんじゃないか、そんな風に思っていました。そしてまた学生にも同じように、ただ4年間を過ごして卒業するんじゃなくて、想像もしていなかった人生を歩んでほしいんです。 “お弁当を買いに来ただけなのに” 今は海外で通訳しているとか、公務員になって社会を支えているとか、夢をもってほしい。

そういう想いを齋藤さんにお話をしたら、この場所に「HILL PEAK(ヒルピーク)」という名前をつけてくださって、もう「これだ!」と思いました。ブリッジを渡った先にある “ただの売店” だったけど、丘の頂をめざす学生たちを支えたい、応援したい、そういう場所にしたい。それが私たち生協スタッフの存在理由だという想いがバチンとハマった瞬間。この旗印のようなコンセプトは、最後までブレなかったですね。

スタジオモブ|齋藤:はじめて訪問させていただいたときに、加納さんはじめ皆さんにいろんな場所を案内していただきました。 “自然” をテーマに建てられた施設がすでにあること、鳥取砂丘との兼ね合い、そして、みなさんの想いやコンセプトが僕の中でマッチしたので、“お昼のピーク” とも掛け合わせて「HILL PEAK」という名前を提案させていただきました。

 

-リニューアル後の学生さんの反応はいかがですか。

加納さん:思ったとおりというか、思った以上の反応です。鳥取という地方の大学だから、都会のように元気で派手なものに溢れているとは決して言えない環境のなか、このキャンパスにこのお店(HILL PEAK)ができたということが鳥大生をすごくアグレッシブに変えています。みんながスマホ片手に写真を撮りはじめたり、前のお店だったらそんなことはあり得なかった。買い物をするのがすごく楽しそうなんです。

驚いたのが「コンビニみたい!」って言われたんです。ずっと“コンビニ” と思って営業していたものだから、え、コンビニみたいってどういうこと!?って(笑)お店を開けて、営業して、必要な物資を揃えて、販売する。これを30年やっていました。でも「コンビニみたい」と言われて、私たちの概念がひと皮剥けたんです。コロナとかなんだとか色々と考えていたけど、変わらないといけなかったのは私たちの方だったんじゃないかと。

HILL PEAKは、私たちスタッフ全員が丘の頂をめざすことでもあります。迷ったときには原点に立ち返ってみる。「何のためにHILL PEAKをつくったんだっけ?」を共通言語にもちながら、在るべきHILL PEAKの形をずっと考えています。お店が変わることで、私たち自身も変わることができました。今は、根拠のない自信じゃなくて根拠のある確信を持って毎日営業しています。

-とても素敵ですね…。

齋藤:加納さんは、ここぞ!という判断をするときに信念というかコンセプトを持っていらっしゃるから「この場合はどうしましょうか?」と尋ねたときは「やっぱりここはこうじゃないと問題があるから、ない方がいいです」と、しっかり応えてくださいました。カウンターの高さ一つとっても、販売のオペレーション上、もう少し低い部分があった方がいいとの意見も出ましたが「本来のコンセプトに沿って最高のおもてなしができるように」ということで、高さのあるカウンターを採用してくださいましたよね。

加納さん:齋藤さんには私たちの想いをしっかり聞いていただいて、それを具現化するためにはこういう方法がありますよと提示していただきました。私たちとモブさんの想いが共鳴できたからこそ実現できたと思っています。

齋藤さんが最初の打合せで “チームとして動く” というのをすごく仰っていたんです。これまでも施設の改修は経験してきましたが、どうしても “設計会社さん” と “生協” みたいな関係性になりがちです。でも今回は「僕たちはチームなんです」と仰っていただいて、これはもしかしてもしかすると夢が叶うかも!と思いました。

だけど、今だから正直に言いますが、工事中は完成の想像ができなくて、本当にできるのかなって不安でした(笑)

齋藤:そうですよね、あの時は不安でしたよね(笑)

加納さん:はい(笑)だからこそ、完成したこの場所を見て、あ、CGどおりだ!って思った瞬間は忘れないです。来店されたみなさんが「想像どおりだね、いや、想像以上だね」と言ってくださったのが本当に嬉しくて、バックヤードで泣いちゃいました。

齋藤:そうだったんですか!もう嬉しすぎます‼やっぱり加納さんには、すべてにおいて素晴らしい決断をしていただいて、例えば壁のジョリパット(左官)とか、いつもなら壁紙に変更になるような場面でも、僕たちの提案を理解して信じてくださいました。

今回は手で触れて感じられることがとても大切で、特に “砂丘” というコンセプトだったから、人工的な素材があまりにも多すぎると伝わらない。パッと見た印象はもしかしたら壁紙でもジョリパッドでも変わらないかもしれないけど、近づけば分かる。ジョリパッドだとやっぱり触りたくなる。それが建築というか素材のもつ力だと思っています。もちろんコストもかかってきますが、大事な場面でしっかりと決断してくださったからこそ、この空間が実現できたと思います。

僕たちは、設計活動を行う上で関係者のことを “設計チーム ” “施工チーム” “お施主さんチーム” と呼んでいて、いい建築をつくるためにはみんなの目的意識が明確であることに加えて “施主力の大切さ” を実感しています。今回は、施主力がものすごく高かった。僕たちの空間に対する想いと同じスタンスで考えていただいていることが伝わってきて、チームになれたという感覚がすごく嬉しかったです。

加納さん:モノづくりとかコトづくりって、コストも大事なんだけれど、そこに引っ張られすぎてしまうと「何のためにこのお店をリニューアルしたかったんだっけ?」というのがブレてしまいます。このまま古い状態でも営業はできたし、大学側から新しくしてほしいと要望があったわけでもなく、だけどこのままではコロナ禍で学生が閉塞感を感じながら生活をしていかなければならないときに、提供できることが何もない。

そのもどかしさを感じていたときに「HILL PEAK」という名前をいただいて、今まさに私たちがやっていることが集約できました。私たちが売っているのは 目に見えるものじゃなくて 、可能性なんだ。そして、その可能性を信じた先の確信を得られたのが、今回のリニューアルだったと思います。

鳥取大学生協|木南さん(写真左):リニューアルオープンして2週間ほどですが、スタッフの意識も変わってきています。今までは、業務スペースという感じでどうしてもデスクワークが多くなっていましたが、お昼のピーク時は店頭に立って誘導もするし、レジ周りの導線も「こちらから声かけすれば大丈夫じゃん」と、前向きに取り組むことができています。お店が変わることで、私たち自身も変わることができました。

齋藤:それはめちゃくちゃ嬉しい!

木南さん:意識だけでは、なかなか変えられなかったことだと思っています。

齋藤:空間が意識を変えたというのは、本当に嬉しいですね。

木南さん:生協という場所柄、学生のお店というのが強かったのですが、教職員スペースもつくっていただいたことで学生はもちろん、教職員の方にも喜んでいただいています。 “教職員の方にとっても使いやすい場所づくり”も実現できたと個人的には体感できていて、嬉しいです。

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