「感じいい」を、つくっていく

23/08/23

大分県日田市天ヶ瀬にある温泉旅館HONJINさんのロゴデザインとブランディングを担当された《カジワラブランディング》梶原さんに、クラウドファンディングの応援メッセージと共にロゴデザインについてインタビューさせていただいていたところ、気づけばデザインの奥深い話に…。もうこれは一人で聞いてしまうのはもったいないと思いまして、「番外編」でお届けすることにしました。

“何かを伝えるためには、デザインとして伝えていく「記号」が必要なんです” という梶原さんのお話のつづきから、はじめます。

本編はこちら> がんばれ!温泉旅館 HONJIN[応援団:梶原さん]

福岡を拠点にロゴやグラフィック広告を手掛ける《カジワラブランディング》代表・アートディレクターの梶原道生さん(右)

 

-サインの役割がこんなに大きかったとは…。今、すごく感じています。

梶原さん:デザインのことを分かりやすくいうと、点と線と面、という風につなげていくことなんですけど、「点」がそれぞれの情報だったりしますよね。それを、存在的に「面」として大きくしていくというか。そのための「線」がデザインの役割です。

-情報を「線」としてデザインで表現していく?

梶原さん:一つひとつの、例えば今回のホテルでいうところの「ルーム」とか「ダイニング」とかは、点点点。あと、建物やサインとか。コンテンツです。それらをサインやロゴを介して統一することで、無意識に導線ができて何も考えなくても繋がっていく。

そのサインやロゴがいろんな媒体・メディアで広がることで、見た人がここを訪れて、写真を撮ってSNSに投稿して、さらに広がっていきます。建物は持ち運ぶことができないけど、ロゴやサインの「デザイン」は移動できる。見たら思わず写真が撮りたくなるような「気づきのきっかけ」を促してあげることで点の数を増やし、面をつくり、それが統一されていくと、統一された雰囲気や世界観が生まれていきます。

だから、もし「デザイン」がなければ、広がっていかないんです。

もちろん、そこには工夫がないとだめで、ただパソコンにある書体とか既製品とかでやっても何もめずらしくない。ちょっとした工夫がね、必要なんですね。

-ひとつの物語にレイヤーが重なっていくのがイメージできました。ロゴやサインでこんなにも空間を演出できるんですね。

梶原さん:そうそう。だから、サイン計画次第で空間がきゅっと締まるかふつうになるか、全然変わっちゃいます。ただ、その感覚を持っている建築家でないとそこまで演出していくのは難しい。

-建築家の彼らも、思想というか、つくりたい空間がもちろんあるわけで、でも梶原さんはまた違う視点から空間を見られているというか、その先の「未来の開き方」を考えられているように思ったのですが…。建築家とのバランスはどうやって取られているんですか?

梶原さん:建築家は「空間をつくるまで」を考える人が多いと思うんですけど、中尾くん含めて今の若い建築家の方は、それを「つなぐ」ことまで意識されていると思います。僕らは「集客」というステージで考えているから、「内から外」への矢印をつくる人が建築家なのに対して、僕たちは「外から内」をつくる人。

-あ、逆なんですね。

梶原さん:はい。

-デザインは「外」へ発信するイメージがあったのですが、人が「発信元」へ戻ってこなければ、という視点で考えられているってことですか?

梶原さん:そうですね。まずは、自分たちを見つけてもらわないといけない。そのきっかけとして「記号」が必要。それはつまり、ここを訪れた人が自分の体験を発信して、発信したことが広がって、それを見た人がまた知ってくれて、みたいな広がりやすい「仕掛け」づくりです。

-なるほど…

梶原さん:文字だけでは広がらないので、「記号」ですね。

-「記号」ですか?

梶原さん:はい、「意味のある記号」ですね。ロゴというのは、3年4年と時間が経ったときにはじめて「いいものかどうか」その結果が分かってきます。インターネットという溢れる情報のなかに一貫性のあるロゴがあれば、「信用」がどんどん積み重なって、信用のあるメディアが広がっていくんですね。

お客さまにとっての必要性って、タイミングや時間のラグがあります。例えばワンちゃんを飼っている人がいて、どこか温泉に入れる場所があるという情報をインプットする。そこから、そういう機会がやってきたときはじめて「そういえば、天ヶ瀬に犬も泊まれる温泉旅館があった」と思い出し、検索して、この場所を見つけてくれます。その必要性がいつやってくるかは分からないんだけど、記憶のきっかけをつくるときに「ロゴ」が手助けになってくれるんです。

-なるほど…。記憶の頼りになってくれるんですね。

梶原さん:言葉の情報は「HON…なんだったっけ?」ってなるけど、イメージだと何となく覚えている。

-あの「ワンちゃんのマーク」のホテルだよねって。

梶原さん:「天ヶ瀬にある、ワンちゃんのマークの、何だっけ?」「あ、HONJINって言ってたっけ?」みたいな感じで。記憶を呼び覚ますきっかけになります。逆に、記憶しやすいようにデザインしておかないとそうはならない。記憶を補助するためにロゴマークがあるというか。

-「記憶の補助」って、分かりやすさだけでも心に残らないような気がして…。そのバランス感覚がデザイナーさんのすごいところだなと思います。

梶原さん:そうですね。やっぱりシンプルで感じよくないと印象には残らないですね。

-あ、「感じ」よい。

梶原さん:僕は「感じよいか悪いか」「自然か不自然か」を大事にしています。「感じよい」という選択肢をどんどん集めていって「感じよくない」を排除していくと、なじむデザインができていきます。

-すごい!面白いです!すべてのデザイナーさんにごめんなさいっていうくらい、面白い話を独り占めしちゃったって感じです(笑)

梶原さん:選択肢でしかないからね。選択するときに「感じよくない」をなくしていく。僕の才能は「忘れること」だから。

-え、どういうことですか?

梶原さん:忘れていくから、いつも新鮮なんです。

-あぁ…。新鮮な状態でも「いい」って思えるものが「いいデザイン」ってことですね。

梶原さん:そうですね。つねに5歳児というか。素人感覚を忘れないようにしています。

-「感じいい」の感覚は、どうやって鍛えられているんですか?

梶原さん:うーん、頭で考えないってことかなぁ。自分の良心に従う、心に従うってことかな。そういう広い心でね。

編集後記
ものを生み出すことの先輩であり、デザインの先輩であり、そして人生の先輩としての梶原さんから、心温まるプレゼントをたくさんいただいた癒しの時間でした。迷ったときには「自分の良心に従って」いいデザイン(私にとっては “いい言葉” かな)を生み出せるように、道徳心を育てていきたいと思います。梶原さん、ありがとうございました。