&さんかくテスト

22/03/24

お子さんが積極的に不登校を選んだ保護者の皆さんへ

 

子供が学校に行かなくなって、不安に感じておられるのではないでしょうか。

我々も当事者の一人。「子供が学校に行かなくなって不安じゃないの?」と訊かれたら、「不安はあります!」と自信を持って答えます。ただ、この不安ってやつは扱いが難しい。蓋をして放っておくと勝手に大きくなるし、持て余すとついつい感情的な行動をとってしまい、負の連鎖が生まれ、後から後悔することに。じゃー不安をゼロにすれば良いかといえば、未来がどうなるか誰にも分からない以上、不安を完全に消すこともできません。でも、不安があるから人は、立ち止まらずに考え、あれこれ試し、工夫や対話を重ね、協働し、成長してきたわけで、不安とは調味料のスパイスのように適量で上手くお付き合いすることが大切だと私は思っています。そのためにも、まずは、この我々が抱える不安ってやつが、どんなもので、どこからやってくるか、私なりに言葉にしてみたいと思います。

 

みなさんが子供だった頃、学校ってどんな場所でしたか?

学校が台風で休校になると、やったーと大喜びしていましたか。それとも残念がる子どもだったでしょうか。私はガッツポーズ派です。残念がっていた子供達は私の周りにはいなかったように思います。だからといって、学校に行かない!という発想がなかったし、学校という場所を介して色んなことを学んだもの事実です。そんな親世代にとって、子供が学校に行かないという選択は、自分達が体験しなかった“未知な領域”になります。成人になるような年齢ならまだしも、まだ義務教育の段階で、親にとって未知なる道を子供が歩むこと対して、不安を感じてしまうのはむしろ人として自然なことではないでしょうか。

 

どうですか? 前より不安の中身が明らかになりましたか? 確かに、自分ではなく幼い子供がファーストペンギンとなって先行きの見えない大海に飛び込む姿を見れば、誰しも不安になるし、親としてその行動を見守ることはとても勇気と根気を必要とします。いくら「可愛い子供には旅をさせろ!」を頭で分かっていたとしても、いざ我が子が茨の道を!となれば、そんな危険な道、避けて通れるなら避けて!と思うのが親の本音でしょう。私自身がこの葛藤を一人で耐えるのは困難だと思っています。だからこそ、一人で耐える必要がない環境をつくりたいという想いを持っています。

 

不安の中身が一つ明らかになる一方で、別のタイプの“不安”が私の中にあることに気付きます。この“不安”は日本の教育に関する不安です。たまたま私がこれまで教育関係の仕事をしていたことが大きく影響しています。少しお付き合いください。

子供が学校に行かなくなると、代わりに保護者の方が学校に行くようになりました。すると、このまま学校に預けておいて本当に大丈夫だろうか、という“不安”が芽生えたのです。例えば、40年前と変わらない教科書や教え方。基礎学力は大切です。ただ、子供達が大人になる頃には、今ある仕事の大半がなくなっていると予想されるほど社会は変化するのに、変わらず先生主導の「みんな一緒」タイプの授業のままで本当に大丈夫なのかと。文科省は法律や制度をつくり、子供主体で探究型の教育へ改革を推し進めていますが、現場では先生達の疲労、困惑、反発も大きいと聞きます。子供の数が減り、時代がどんどん進み、テクノロジーの進歩により、一人一人の能力に合わせた学びの多様性が求められているのに、多様性が認められるどころか、むしろ、大人達の都合で学校の画一化は進み、時代と乖離していっているように私には思えたのです。

また、担任の先生の立場を守る意味もあったのだと思いますが、次男が不登校になった時、不登校の原因が子供側にあり、学校側には落ち度がないことを前提とした対応に違和感を感じました。いくら次男が不登校に至った経緯やこれからの教育に向けての協働について説明しても話が噛み合わず平行線に。最後にはモンスターペアレント扱いを受けました。そんな扱いを実際に受けると、学校という組織が思いの外疲弊しており、自浄作用が低下していることを実感しました。担任の先生達は、みなさんまじめな方ばかりで、忙しい中丁寧に対応してくれています。ただ、子供たちより上司の方を向いて仕事をしている? そう思いたくなるようやり取りも多くありました。学校という場が、子供達の学び場から先生達の職場になってきていることを感じた瞬間でした。親の私でさえ、我が子の悩みを本当の意味で理解でていないのでは?と葛藤しているのに、先生たちにこの問題を受け止め、寄り添ってもらえるものなのか、、、正直に言って難しいなと。少なくとも実現するには相当な時間がかかりそうだと感じました。

 

でも、これは学校だけの問題でしょうか? これだけ世の中の変化が激しい中、学校という組織がなかなか変われない問題。失敗が許されない空気感、責任を誰も取りたがらない雰囲気は、みなさんの身近な職場や暮らしの中にも大なり小なりあるのではないでしょうか。これは、目の前の担任の先生と対話を重ねても、文科省や教育委員会や学校に一方的に意見してもきっとよくなっていかないでしょう。なぜなら、心ある先生たちほど、その矛盾に気付いており、葛藤を抱えた上での現状だから。という理由もありますが、その方法だとそもそも今回の“主体的で対話的な学び”といった教育改革の価値観とも矛盾してしまいます。問題がない状態をよしとするのではなく、問題は必ずあるものだし、大切な存在として受け止め、その上で目指す理想はなんだろうと問いかけ、仲間と対話を重ね、試行錯誤しながら一緒に解決の道を探っていく、そのプロセスこそが大切だと私は思っています。そう、この不安の背後には、日本という社会が抱えている構造的な仕組みの問題があるとにらんでいます。

これは、我々大人がどうせ一人では変えられない、無理だからと諦め、先送りにしてきた問題ではないでしょうか。正直に告白します、私もそんな勇気のない大人の一人でした。不登校という道なき道を自ら選んだ子供達の存在によって、本気で向き合わないとダメだと気付かせてもらえた、そんな弱い人間です。でも、もう先送りはやめよう!そう決めました。問題に対して誰かを責めたり、世の中を憂いて傍観したりするのはもうやめようと決めちゃいました。今ここで、自分にできることを早速はじめてみよう。やりながら、一つ一つは小さなアクションだけれど、そんなアクションに共感してくれる仲間を集めて一緒に学び、成長していこう。今ではそんな一歩を踏み出す勇気を与えてくれた次男に感謝しています。

 

最後に、このオンラインサロンを立ち上げよう!と背中を推してくれたもう一つの“不安”を紹介したいと思います。それは子供たちの遊び場や時間が減ってきていることへの“不安”です。我々は、江田島という瀬戸内海にある島で暮らしています。島には、山あり、海ありで豊かな自然環境があります。そんなおおらかな雰囲気に引き寄せられて家族で引っ越ししました。ところが、親の期待に反して次男は不登校に。都会の学校が堅いなと感じての転校でしたが、田舎だからといって大らかとは限らず、都会以上にガチガチな学校でした。もろもろあって、モンスターペアレント扱いを受ける中、同じ時期に似た理由で不登校になり、同様の扱いを受けている保護者がいることを知りました。その父親がトコさん。彼と出会い、意気投合して、島の自然を活かした“遊び学び”の活動を始めました。それが“と独楽舎”です。始めてみて気づいたことがあります。それは、海や山で遊んでいても、地元の子ども達と会うことがほとんどないということです。

改めて振り返ると、昔は、近所に住む多様な年齢の子どもが自然と集まり、子供同士で遊びながら、そこからいろんなことを学んできました。勢い余って友達と喧嘩したり、無茶をして怪我をしたりさせたり。周りには色んな謎や不思議が溢れていて、発見もあれば、さらなる疑問もあり、とにかく1日が長く充実していました。当時の子供たちにとっての「先生」は必ずしも大人とは限らず、周りの凸凹した友達もそうだし、近所のお兄さん、お姉さんもだし、草木とか昆虫とか動物とか、身近な自然からもたくさんのことを学びました。あれから40年、田舎であっても、海や川は綺麗に整備され、ドラえもんの空き地のような自由に遊べる場所は姿を消しました。ピカピカだけど禁止事項の看板が立てられた公園や有料の施設が増えています。そう、都会化してきた日本は、子供達から知らず知らずのうちに自由に遊べる遊び場やそこでの体験を奪ってきたのでした。そして、教育のアップデートが叫ばれるようになった近年では、この子供同士の遊びや自然を通じて学ぶ“遊び学び”の体験が再評価されていることは皆さんご存知でしょうか?

さらに、お母さんもお父さんも仕事で忙しい家庭が増え、家族みんなで過ごす時間が昔よりも貴重なものになっています。代わりに、その受け皿として習い事が充実し、受験もどんどん前倒しに。今の子供達ってサラリーマンのようにとっても忙しい時間を過ごしています。自然が目の前にある田舎であっても、子供同士でワイワイと遊ぶ、目的のない無為な時間がどんどん失われてしまっています。この無為な遊び時間の減少が、今の私にとって一番大きい社会的な不安です。

 

この違和感に最初に気付くのは、おそらく子供たち自身なんだろうと思います。彼らはとても素直に世界を見ているので、忙しさに追われている大人には見えないことを敏感に感じ取っているはず。けれども、それを上手に伝える術をまだ身に着けていないから、なかなか伝わらない。一番分かってほしい人に、分かってもらえないというもどかしさ。

そして、積極的に不登校になるような子供たちは、親が思う以上に違和感を敏感に感じ取っているタイプなのではないでしょうか。不登校になると、平日の日中は、周りの目が気になってかあまり外に出たがりません。放課後の時間帯でも、登校している友達たちとは遊ばなくなっていきます。一方で、同じような体験をしている者同士は自然と仲良くなるもの。ところが、不登校児同士はなかなか簡単に出会えないといった問題があります。仮に、不登校の道を選んだとしても、放課後のように仲間とワイワイと遊ぶことを可能にするにはどうしたらいいか。。。そうだオンラインサロンがあるじゃないかと。

クラスには一人いるかいないかの不登校の子供達も、日本中には、小、中学校を合わせると、約20万人(2020年度)の不登校児がいるといわれています。さらに、その数は年々増えていっています。次男もそうですが、本来、積極的に不登校になった子どもたちは、やりたいことややりたくないことが明確にあるタイプで、好きなことに没頭したいタイプの子供たち。そんな子供たちが、好きなことが同じ仲間とオンラインでつながってワイワイとできたら、好きなことにとことん追求することができたら、どんな未来が待っているのだろう。まさにそんなタイプの人間がこれからの社会から強く求められています。そんなことを妄想しているうちに、ワクワクしてきて衝動が抑えきれなくなりました。

安心してください、&さんかくのオンラインサロンに参加してもらったら「絶対に大丈夫」とは残念ながらお約束はできません。けれど、一つ約束できることがあります。それは、ここには、同じように不安を抱え、一緒に悩みを語り合ったり、挑戦したり、その挑戦を支え合ったり、そんな試行錯誤を分かち合う仲間がいるということです。また、&さんかくは子供向けのサロンでも大人向けのサロンでもありません。子供も、大人も、サロンでの出会いやメンバーとの交流を通じて、前より不安とうまく付き合えるようになり、一年前よりは大人も子供も「表情が豊かになり、毎日が充実してきたよね〜」と言い合いたい。

そんな思いを込めて、遊び学び用・家族向けオンラインサロン&さんかくをつくりました。

(遊び学びの重要性など詳しくは、音声メディア等で相方のトコさんと熱く語っておりますので、足りない方はぜひそちらも試聴してみてください。)

1 人で悩まずに(1人で悩んでも良いことはないので) &さんかくでよければ、一度相談やお試し体験をしてみてください!

子供が学校に行きたくないと思う理由は子供によってそれぞれ異なります。合う、合わないは当然あります。&さんかくが合わない可能性ももちろんあります。無理に合わす必要もありませんし、合わないからといってショックを受ける必要もありません。合わない場合は遠慮なくその旨をお伝えください。遊びと同じく、まずはやってみる!合うか合わないかを確認するためにひとまず体験してもらえたら幸いです。

 

&さんかくでは、そんな信頼できる仲間の輪を広げていきたいと思っています。輪が広がり、支え合える仲間と多くの人が出逢いやすくなるためにも、ぜひ遊び仲間になってやってください。ここからワクワクする未来を一緒につくっていきましょう。